この1枚のシングル・レコードはすべての音楽ファン、あえて言うなら、洋楽それも英国の血脈として生き続けるようなロックやポップスを愛する人には少なからずシンパシーを覚える作品だろう。ここでのNatsukiとの出会いがあなたにとって新たな音楽の旅の始まりとなることを願いたい。大貫憲章 /  KENSHO ONUKI  (KENROCKS)

世界中に溢れる音楽の中から自分には何が向いている、自分の気持ちと素直にリンクする、つまりは自分が本当に聴きたいと願っているものと出会うのは、言うほど簡単ではない。実際問題、膨大な数、量の中から闇雲に自分に必要な音楽を探し当てることなどまず不可能だろう。
 ただ、ヒントがあれば難易度はだいぶ下がるはず。ターゲットをしぼって狙い撃つ感じだ。であればまずは標的を認識し、捜索、確認すること。そうして見つけた、あるいは出会った音楽とはおそらく長い付き合いになるはずだ。かく言う自分もそういうことを重ねて今に至っているひとりだ。いろいろなものを聴いているうちに「好み」が何となくわかってきて、そうした方向に自然と舵を切るのだ。
 今、あなたが目にしているNutsukiというシンガーのデビュー・シングル(正確には活動再開の第1弾)にあなたがどういう経緯で出会ったのかはわからないが、これは確実に巡り合わせであり、偶然にしろ必然にしろ、かくなるべくしてなっているのだ。人生にはそういうことがよくある。理屈でも超常現象でもなく運命論でもなく、事実として起こることだ。問題は何故ではなく、それを受け入れてから自分がどうするか、だ。ある意味、この不思議なことを素直に幸運だと思い、心から受け入れる。自分の人生ではおおむねそういう感じでやってきたと思っている。不満も後悔もない。むしろ恵まれたとすら感じている。
 自分が彼女を知ったのはつい最近のこと。自分のロック講座みたいなビデオジョッキーにお客として来ていたことから少しずつ会話をするようになり、素性というか人物像を知るようになった。そして今回のレコードを出す際にこうしてコメントを書かせてもらうことをお願いした次第。
 彼女の概略を少しだけ記しておく。出身は九州で、鹿児島生まれの福岡、熊本育ち。おませさんなのか血筋なのか、ラジオから流れる英国音楽や民族音楽、アート全般に早々と興味を抱き、中学生の時にケイト・ブッシュの「魔物語」のプロモビデオを見て衝撃を受け、以来音楽とパフォーマンスアートに夢中に。そこから今度はダンスや演劇に心動かされ熊本で地元の前衛劇団に未成年で加入し、感性に磨きをかける。そもそも素質あればこその「寄り道」だろう。そしてこう高校卒業後に事務所に所属して本格的な音楽活動に入る。
 やがて数年して事務所閉鎖を契機に自身の音楽と向き合うべく地元福岡で地道に活動を継続した。彼女のルーツは80年代の英国ロックにあることは明らかだろう。そうしたルーツも当時の博多の音楽シーンの背景にあるものだったという。めんたいロックだけではなく福岡ニューウェーブの動きも活発で、京都のシーンともリンクして多くのバンドやファンがいたらしい。そういう意味では博多ロックのアナザーサイドを歩いて来た彼女なのだろう。今回の曲「Manna」もそうした流れの中の代表曲で、その時代に活動したバンド Neo Museumの残した未発表音源だそうだ。
 今回のリリースにあたり、親交の深い写真家の内藤順司氏を共同プロデューサーに、さらに内藤氏の古くからの音楽仲間である板倉雅一氏を音楽プロデューサーに迎えた万全の体制で制作されているのが大きなポイントだ。彼女のことをよく知っているプロとの作業が彼女を安心させたことは想像に難くない。
 あえてアナログ発売でデビューしたことについて彼女はこう言っている。
「配信やCDという手法も考えたけれど、まずは自分として出直す際には相手に手渡しする名刺のようなモノがいいと思いました。それにCDに多少なりとも音質的な違和感を感じてもいて、アナログ・レコードの温もりが好きなのも理由のひとつ。」
 Bサイドに収録されたのは60年代のサイケデリックな時代に英国のフォークシンガーで「イギリスのボブ・ディラン」と称されたこともあるドノヴァンのオリジナル。邦題は「魔女の季節」で多くのミュージシャンがカバーしている。 Natsuki は60年代英国の奔放な女性ブルーアイドソウル歌手ジュリー・ドリスコールのバージョンを念頭に置いているようだが、元モット・ザ・フープルで現在は日本に住み活動中のキーボード奏者、モーガン・フィッシャーの奏でるオルガンがクールな印象を醸し、ほぼ彼女のイメージ通りに仕上がっていると思う。英国のクールでややダークブルーな音楽をこよなく愛する  Natsukiならではの音像と歌声は今の甘すぎる日本のミュージック・シーンに一石をと投じるものとなるはずだ。たとえ小石であっても、その波紋は確実に周りに広がっていく。すでに新しい作品の準備に取り掛かっている彼女らしいが、今後の活動から目が離せない。
 
大貫憲章 / KENSHO ONUKI (KENROCKS)   SEP.2017
 
 

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